第165回芥川賞候補作品

『水たまりで息をする』

高瀬隼子(著)

(集英社)

 

突然風呂に入らなくなった夫と、その奇行を間近で見守り続ける妻の物語。

夫はある時から、水道水のカルキ臭に耐えられないと言い出し、風呂に入らなくなった。妻は戸惑うが、夫を強く責め立てたり、離婚を考えたりするのではなく、どこまでも優しい視線で夫を見つめている。『愛ある観察者』である。この『愛ある観察者』である妻の視点に立って物語は展開されるが、一人称ではなく、三人称で描かれているので、単なる愛情物語よりも、冷静でシュールな作品になっている。

芥川賞の一部選評では、小説が冗長であることを指摘されてはいたが、私的にはそれほど長すぎるとは感じなかった。日常の描写がリアルで、主人公の心の機微だったり、異常行動を繰り返す夫の異様性だったりに、生きた人間の温度や感触があり、そこに読ませるだけの力があったと思う。

面白さで言えば、受賞作のニ作品と比べても、決して引けは取らなかったという気がする。

作品の奥行きやラストに向けての熱量が足りなかった印象はあり、物語としての完成度を手放してでも、もう少し真に迫った何かを放り込んでも良かったのではないか。

ただ、この作者が持っている、現代的な肌感覚や、人間のリアルなーー人物の血の温度のようなものまでちょうど良く文章に起こせるーー描写力などは、素晴らしいと思います。そんなに遠くないいつかには、芥川賞を受賞されると期待します。