第166回芥川賞候補作品

『皆のあらばしり』

乗代雄介(著)

(『新潮』2021年10月号に掲載)

 

高校の歴史研究部に所属している少年(「ぼく」)と、流暢な大阪弁を話す自称会社員の怪しげな男との、ほぼ2人劇に近いやり取り(途中「ぼく」の部活の後輩なる少女が少しだけ登場はしますが)から構成された、「ぼく」の一人称語りの小説です。皆川城周辺の歴史に纏わる謎を追いかけるという内容は、歴史や古文書や歴史小説好きが読んだらたまらないんだろうな、ということが想像されるような、そういう印象があります。かなり詳細な、またそれだけにだいぶマニアックな内容になっていて、この分野における作者の知識レベルの高さを感じさせる一作ではあると思います。

作中に出てくる『地誌編輯材料取調書』なる書物も、実際にあるようですし、これの翻刻や歴史研究部の高校生という設定なども、本作の参考文献中にある齋藤弘編『『地誌編輯材料取調書』から読み解く栃木市皆川地区の歴史』(随想舎))からの発想だということも、想像に難くありません。

歴史における真実と虚構(あるいは妄想)、「信頼できない語り手」を用いた小説の企てとが、どこまで上手く絡まって、その全体の企てを構築出来ているのか……というところが、本作の読みどころなのでありましょう。

私個人の感想ですが、一読者として、本作品からはだいぶ置いてけぼりにされたような寂しさを感じた次第でした。

ただ、書き手が読み手を置いてけぼりにすることが、必ずしも悪いことだとは思ってはいないので、置いてけぼりをくった読み手が、ある一定の時間を置いてから再読の機会を得たならば、前回とは違った読み方が出来るということはあるので、そういう機会もあるのかもしれません。