第166回芥川賞候補作品

『我が友、スミス』

石田夏穂(著)

(『すばる』2021年11月号に掲載)

 

本作は、第45回すばる文学賞で、佳作に輝いた作品です。新人の文学賞から芥川賞候補作品にいきなりノミネートされることは時々ありますが、受賞作を差し置いて、佳作の方が選ばれるというのは、珍しいパターンだと思います。

さて小説は、ボディ・ビルの大会を目指してジム通いをし、ひたすら肉体を鍛え続ける二十代後半女性の物語です。主人公女性の一人称語りで綴られます。

競技人口の比較的少ないマイナー競技である女性のボディ・ビルの世界が、若い女性の等身大の視点から、生き生きとよく描かれています。

作品のほぼ9割がたが、筋肉を鍛え抜くことに一点集中した人物の、日常の記録とも言える内容になっていて、この競技というよりスポーツ全般にあまり興味がない私のような人間でも、面白く読める内容だったかと思います。

ある種の体験記の様相はしていますが、女性が肉体を鍛えること、それも、異性にモテたいとかダイエット目的とかいう次元ではなく、ストイックに、自己肯定ために鍛え続ける、ということの先にあるものを、作品はきちんと見据えていたと思います。

女性が肉体を極限にまで鍛え上げるというボディ・ビルの世界が、一見女性らしさとはかけ離れた到着点を目指しているようでいて、実は筋肉だけでなく究極には女性らしさをも含めて競う競技でもあるということを、主人公の語りの女性が図らずも知っていく過程がよく描かれていたな、と思います。

『別の生き物になりたい』という心中に達するまでの、語り手の内面の葛藤が、心の汗として読み手であるこちら側に伝わってくるほどの熱量があったのかどうか、という点だけが気になりました。作品は、確かに肉体が流す汗や筋肉の悲鳴は詳細に描いていましたが、同じほどの熱量で、もう少し丁寧にその肉体の内側にあるものも、伝えてほしかった、というのが、個人的な感想です。ここを繊細に抑えることで、この作品が内包しているジェンダーの問題も、より深く追求出来たのではないかという気がしています。