45回すばる文学賞受賞作品

『ミシンと金魚』

永井みみ()

(『すばる』2021年11月号に掲載)

 

デイサービスを利用して家族やヘルパーの訪問介護なども受けながら一人暮らしをしている老女の物語。

小説は、この老女の語りで綴られる。

やや認知能力を失いつつある老人の視点から描かれる世界は、混沌としていて、そこにはのどかで牧歌的な微笑ましさがあり、つい笑ってしまうような無邪気さとシュールさが同居している。

この作品の最大の魅力は、なんと言ってもこの語りにあり、老いの時間を生きているひとりの女性の日常が、人生が、思い出が、等身大に描かれている。

体の自由も効かないし、自分の息子が死んだことも何度聞かされても忘れてしまうような頭の状態ではあるが、それでもなおかつ、この作品の中の語りの女性は、生き生きとしている。素直だ。なんというか、独特な可愛らしさがあり、実に魅力的である。

記憶と現実、そして妄想が混沌としている老女の、純真な語りだからこそ表現できる物語だと思う。

語りの口調が屈託なく、素直で朗らかであればあるほど、物語が示す悲劇性は増し、哀愁を帯びてきて奇妙な輝きを放ち出す。ここに、憎らしいほどの作者の企みと、また確かな構成力を感じる。下手をするとただお涙頂戴のありふれた人情劇に落ちることもあり得ると思えるが、作品はそのような域を遥かに飛び越えて、読者の感性に呼びかけてくる。

そのような作品でした。