『マイイベント』

(『あなたにオススメの』より)

本谷有希子(著)

(『群像』2021年1月号)

 

50年に1度の大規模災害の恐れがあるという台風がやってくるというので、それに備えて異様に張り切っている中年男のお話。

用心深く、自己中心的で、自意識過剰な男がたどることになる悲劇を、シニカルでユーモラスに描いています。

主人公は、自分さえ良ければ他人などどうでもいいと考えているような本当に嫌な男です。台風で自分が被害に遭うのは絶対嫌なくせに、物資を買いだめし暴風に対する準備も万端整えた状態では、台風がくることをむしろワクワクしながら待ち構えている、といった感じです。

自分は対価を支払って有事に備えたのだから、その努力をしなかった人間などは、いっそ酷い目に遭ってしまえ、というわけです。男は、自分以外の人間の不幸を喜ぶような男なのです。

そんな最低な男なのですが、読んでいくうちに不思議と引き込まれてしまいました。

自己愛やエゴイズといったものが三人称の視点から徹底的に客観視され丸裸にされて、絶妙な味加減で調理されて出されてきたみたいな作品だったな、と思います。

1人の人間の中にある自己愛・エゴイズムを描きながらも、それをこの男の個人的な心の領域の外にまで抽出し、描き切っていると思わせる所が良かった。確かに嫌な男の嫌な内面なのですが、決して他人事ではないのです。何故ならば、読んでいると全く理解出来ないというところはない気がしてくる(主人公の行動や思考回路を肯定できなくとも、心情そのものはある程度理解できる)からです。

自己愛・エゴイズムというものは、本来誰にでもあるものに違いないもので、そういう意味では読み手も物語から無関係ではいられないはずなのです。

少なくとも、そのような気にさせるだけの力量が作品にはあり、1人の性格崩壊者の自滅譚などでは終わらせてない、そこが本谷さんの書き手としての巧さなのだと思いました。

ストーリーがドラマや劇のように組み立てられていたのも、作品の面白さだと思います。短編ですが、読み応えはありました。