第164回芥川賞候補作品
『小隊』
砂川文次(著)
(『文學界』2020年9月号に掲載)
現代日本のどこかの街(北の方にある地域)で、繰り広げられるリアルな戦争。
目の前で人が撃たれて死ぬこともある、リアルな戦争が、自衛隊の初級幹部である若者(安達)の視点から描かれます。
安達の視点に立ちながらも、一人称ではなく三人称で書かれているので、生の戦争を目の当たりにした安達という人間の見たままの世界だけでなく、その内面すらも客観視され、曝け出されています。
リアリティをとことん追求し、精緻に組み上げられた小説だという印象でした。それだけに、少し硬い印象でもあります。
自衛隊の組織下での人間関係ややり取り、職務の内容、劣悪な環境下で自衛官が体感している現場の不快感や立ち込めている臭気まで、とにかく事細かく描写されていて、それが現実にはまだないはずの世界を、まるで当たり前にそこにある世界のように立ち上げています。その完成度の高さは、さすがの筆力と言うほどのものだったと思います。
ただそれだけに、全編を通して1人の自衛官の職務日報のような様相でもありました。問題は、小説の訴えるものが1人の自衛官の職務日誌の範疇を超えるものだったか、という点です。戦争という究極な不条理が真っ直ぐに捉えられ描かれていた時点で、それは超えていたと思います。
戦争という究極に不条理な状況下では、1人の人間の意思や感情など全く無意味、それとは関係なしに全ては流れ、押し出されていき、その結果挙句は、普通の人間が、普通の現代的な若者が、普通になんの感情もなく、敵兵を、人間を、当たり前に撃ち殺す。この悪魔のような現実が、自衛官の職務日報のような世界の中で、まざまざと、そして実に淡々と、冷静に描きだされています。
恐ろしい現実なのになのに、人を殺した自衛官の感覚は、何故かごく普通の温度で伝わってくるし、妙に腑に落ちてしまう。この不条理は、なんだろうと思う。本当になんなのか。
またこの不条理は、なにも戦争に限らず、あらゆる厄災に換言することができるだろうと思います。
そういう意味で、普遍的な人間の生き物としての分からなさが描かれていて、そこを面白く読みました。