第164回芥川賞候補作品

『推し、燃ゆ』

宇佐見りん(著)

(『文藝』2020年秋号に掲載)

 

デビュー作の文藝賞受賞作『かか』で、三島由紀夫賞を受賞した宇佐見りんさんの、二作目の作品です。

前作でも感じましたが、言葉に力のある書き手で、本作も文章が実に新鮮で生きていたと思います。「生きていた」とは、文字通り血が通っているかのように、言葉がエネルギーを放っているという印象があるということです。特に、冒頭から中盤に差しかかる辺りまでの緊迫感は心をつかまれました。

あるアイドルグループの中の1人を「推し」として熱烈に支持する女子高生が、SNSという媒体を通じて自身の「推し」への愛を表現し、「推し」や、「推し仲間」たちと繋がっています。

高校生としてのリアルな生活と、SNSの中の、推しを推しまくるためだけに人生をかけている、という現実離れした生活。ニ極を生きている少女を描いていて、少女の重心は現実よりもSNSの中や推しが生きている世界の方に傾いています。

この書き手のすごいところは、少女の実態が現実からかけ離れた場所に心を奪われているにも関わらず、その眼差しが捉えるリアルの世界の細かい事象を書き漏らしていないところです。

例えば、なんでもない授業風景を書き込んだ箇所に、教師が黒板に板書するチョークの先端が崩れて白い粉がボロボロと落ちていく、というような描写がさし挟まれています。こんなこと、普通書かないし、そんな所に視点が行くこともないたろうと思うのですが、宇佐見りんという人は、そういうことをちゃんと見ていて、書く人なんですね。

同じく、リアルの世界の友達やバイト先で知り合った人たちを描写する場面なんかでも、よく見てるなと思えるくだりがあり、細かくて独特な視点があって、ハッとしてしまいます。リアルを捨てている少女を描いているのに、それでいて実はちゃんとリアルの中に取り込まれている1人の生身の人間だということを忘れていない。そういうことが、言外にきちんと表現出来ているわけです。

1人のアイドルを追いかけるという設定や、それが一つの恋愛の形として問いかけるものを秘めている点などが、同じ芥川賞候補作になった木崎みつ子さんの『コンジュジ』と似ていると思いました。

似てはいますが、二作はまるで違う世界を見せてくれます。

個人的には、『コンジュジ』がラストに与えてきた衝撃が大きく心に残っていて、素晴らしかったという印象があり、本作のラストが見せてくれた着地点は既視感のある範囲を抜け出してはなかったのかな、という感想であります。

分かりやすい素直な言葉や、単純なストーリーやテキストといったものを、コツコツと組み合わせ、積み上げることで重層的な世界を構築するに至った『コンジュジ』と、触れば血が吹き出してくるのではないかと思えるような緊迫した言葉の力をみなぎらせた『推し、燃ゆ』の世界、というように、私個人は二作をそのように読み、受け止めています。

芥川賞の選考の場では、どういう評価をされるのでしょうか。とても楽しみです。