『わがままロマンサー』
鴻池留衣(著)
(『文學界』2020年12月号に掲載)
BL漫画家として活躍する妻と、小説家、そして1人の美青年が加わって展開される、奇妙な三角関係。
小説家のプロフィールは作者自身と重なる所も多く、私小説的な趣のする内容ですが、おそらくはほとんどが妄想(ほら話、あるいは作者自身の願望)であろうかと思います。どこか無責任な陽気さと辛辣さが混在していて、ユーモラスなのにグロテスクで、冗談や笑いの中に暴力の種子が潜んでいるようにも受け取れる、そういう作品だったかと思います。
勿論、解釈は読み手にもよるのでしょう。この作品は、読み手によって大きく受け取られ方の違ってくる作品ではないかと考えました。読み手自身がどういう性格で、どういう性のしがらみの中で生きているかによっては、これはとんでもなく愉快でたまらない漫画的な読み物として終始爆笑を誘うでしょうが、読み手によってはひどい暴力(性的な嫌がらせ)を、至る所で受けていると感じられたりもするのではないかな、と、そんな風に思えたのです。私自身は登場人物たち3人の複雑な関係を、ポリアモリーの一つの形態、つまり純愛の形態の一つ、として受け止めました。また、性的マイノリティの側の本音ーー本来口を閉ざされて語られることさえ阻まれてしまうような心のあり方や、そこに生きる人、その日常や当たり前の感性みたいなものを、笑い(ユーモア)という温もりのある陽射しの元に連れてきてくれたのではないかな、それは良きこと、という感想も持ちます。悲哀や絶望ではなく、笑いがそこにあることこそ、救いではないかな、と感じるのですがどうなのでしょう。
本作で最も私が評価したいのは、作家が書くことにどこまでも貪欲で、しかも果敢であったのだいうことです。
妻がある身でありながら浮気を繰り返す、そしてそこになんの罪悪感も感じない男の与太話など、よく芸能人などがちょっとした不祥事でもボコボコに世間から叩かれてしまう現代の風潮化にあっては、「全くもってけしからん、こんなやつ、即座に社会的に抹殺されろ!」と叫ばれても仕方がない所のものなのですが、作家はそこを逃すに書いた。しかも作品は作家自身があえて自身のプロフィールに似た男を主人公に据えているという時点で、どうにも逃げ道を自ら絶っていて、そこが妙に潔いようにも感じました。内容はゲスなのに、書く姿勢としては誠実であるという……。
作者の鴻池留衣さんは、デビュー作からずっと注目している気鋭の作家さんです。『二人組み』『ナイス・エイジ』『ジヤップ・ン・ロック・ヒーロー』『最後の自粛』どれも面白い。攻めてるな、と思います。個人的に、デビュー作の『二人組』が特に面白いと思っていて、主人公のエゴイストぶりが、本作に似ているのかな。
お読みになられると分かることなので、細かい内容についてはくどくどと書きませんが(それより、実際作品を読まれた方が百万倍面白いはずなので)、性について、愛について、モラルについて、面白さの裏で色々と問いかけてくる一作であろうかと思います。ぜひ一読をお勧めします。
また余談ですが、少し前の読書感想記事に、新潮新人賞を受賞された濱道拓さんの『追いつかれた者たち』を、「今季の私の中の芥川賞」だと(勝手に)言いましたが、もう一つ、本作品も「私の中の今季の芥川賞」です(勿論、なんの才能も権限もない、ただの読書好きの、声なき声ですが……)。
鴻池さん、次回作も期待しております。