『母影』

(『新潮』2020年12月号に掲載)

なんだかちょっと切ない感じのする、それでいて温かくもあり、ある意味頼もしい母娘の物語として読みました。小学生(恐らく低学年)の娘の語りで綴られています。

母親の職場と、親子の暮らす自宅アパートと、娘の通う小学校。ほとんど限られた空間が舞台ですが、母親が背負っている悲しさとか、その母親の愛情や温もりに守られながらもどこかで不安を感じているような娘の日常、親子を取り巻く世界の薄汚さといったものが、リアルな幼さの中にある子供の言葉に還元されて、差し出されてきます。

そこには、この作品の中でしか触れることの出来ないと思える無垢な感覚があり、近くて遠くにあるような母娘の距離感の揺らぎや、その描き方が繊細でした。言葉の質感と質量が奥行きとなり、作品に独特の陰影を与えているとも思いました。特に私が気に入ったのは、カーテン越しでの親子のやりとりです。母親と娘。同性の親子ですが、恋愛にも置き換え可能なもどかしさや面倒さが横たわっていて、普遍的な愛情の姿が、そこに描かれていたと思います。