第52回新潮新人賞受賞作品

『わからないままで』

小池水音(著)

(『新潮』2020年11月号に掲載)

両親の離婚により、一度は壊れたかに見えた家族の喪失と再生の物語として読みました。無機質で研ぎ澄まされた文体が素晴らしかった。

一見淡々としていてドライにも受け取れるのですが、文章の至る所に湿り気(涙)を感じます。淡々と家族の歴史を描きながら、行間に「父」「母」「息子」それぞれの立場や情感が読み取れる。言葉にすると陳腐にしか表現できないありふれたものを、いかに捉えていかに書けばより効果的に読者に伝えられるのか、ということをよく知っている書き手だと思います。この点が歴代の新人賞受賞者の中でもハイレベルであると感じました。

ただ、残念だった点がニ、三。終盤に差し掛かってきた辺りで、登場人物たちの情感が文章の中にほとばしってしまったこと(やはりここは行間から馴染ませ、想像させて欲しかったのです)。さらに読者の想像に委ねてほしかった所として、「なぜ父親は酒に溺れ家族を見捨ててしまったのか」という問題点。これは作品の最重要点ですが、そのかなり有力な答えを、作者は文章の中に書き込んでしまっていて、ここに違和感がありました。なぜこの家族は崩壊や喪失の時間を抱え込むことになったのか、その明確な答えなど必要なかっただろうと思うのです。(書けば陳腐ですし、実際中途半端にしか書けていない)。少なくとも、作者がそこになにか意図的なドラマ仕立てのシナリオを用意する必要はなかったはずなのに、という違和感です。この違和感は、ラストの一文に題名と同じ文言が書かれてしまっていたことよりも大きく残りました。

しかし、これらの点を踏まえた上でも、文体の良さが際立つ良質な作品なので、この文章の質感を味わうためだけにでも、一読願いたいところです。