「ウィーン近郊」

黒川創(著)

(『新潮』2020年10月号に掲載)

ウィーンの自宅アパートで亡くなった兄の葬儀や遺品整理などのために日本からやってきた妹。そこで彼女が対面するのは、異国の地で長い歳月を送った兄の生きた現実。

絶望的とまではいかないまでも、どこか孤独でやるせない兄の人生を想いやる妹の視点からの描写の他、葬儀や遺品整理などの手続きを通して関わることになる現地外交官の視点も交わり、さらに生前の兄との交流のあった人々の語るオーストリアでのありし日の兄の姿だったりが交錯していきます。一見、1人の邦人の死とは関わりのない芸術や文学作品、戦時下の歴史などの要素も加わり、作品は不思議な広がりを持って、読者を誘います。誘われた先には、ウィーン近郊の、リアルな質感を持つ世界があります。

人間が生きることの虚しさや哀しさを突きつてくる作品だったと思います。虚しくて哀しいけれど、人間の優しさが行間に溢れていて、言い難く美しい。