『滅私』
羽田圭介(著)
(『新潮』2020年9月号)
物を持たないシンプルな生活を良しとして、自らその生活を実践し、SNSなどで発信している男の物語。
「身軽生活」なるサイトを運営し、「MUJOU」なるオリジナルブランドも手がけるなど、物を持たない(捨てる)生活を仕事にまで拡大して、それなりに成功している男ですが、その生活を支えているのは、それとは直接関係ない株式投資によるトレーダーとしての収益だったりします。そこに象徴されるように、男の実践する「持たない生活」とは、物に溢れた現代社会の風潮に逆行するもののようでありながら、実は社会の流れそのものから大きくはみ出すものではありません。むしろ、流行の最先端を行く現代若者のシンプルな標本のようでもあります。
男の周りには、彼と似たような思想(物を極力持たない)人々が集まっていて、その異様な生活ぶりが描写されていきます。
物語が進むほどに、男には様々な気付きが訪れますが、中でも一番大きな気付きは、究極までいった物を持たない、持ちたくない、という欲求が、その対極であるはずの物欲と実はよく似ているものである、ということです。物を持たずに、どんどん捨てる人を描きながら、自らの欲望(持たない、捨てるというのも、一つの欲望なのです)を追求したがる人間の姿を描き出す形になっていて、面白かったです。
本作とは関係ありませんが、物に溢れたアメリカ社会の闇をシニカルに描いた『アメリカン・ビューティ』という映画を、なぜか思い出しました。