『アンソーシャル ディスタンス』

金原ひとみ(著) 

(『新潮』2020年6月号に掲載)

 

自殺願望を抱えながら、コロナ禍で生きる男女の恋愛を描いた小説。

2人の「死にたさ」の中に、死に対する恐怖心のようなものがなく、そこがむしろリアルだったように思います。特に女性の方の死にたい理由は、堕胎手術をしたこと以外には詳細に描かれてなかったと思うのですが、そこはもはや描く必要もないのかな、と思いました。なにより肝心なのは、いかなる理由であるからではなく、「死にたい」という願望がそこにあること、「死にたい」と思うことが特別なことではなく、そうした願望に囚われてしまう人間がいて、彼らもまたごく普通の日常を送るただの人間であること。それを当たり前な空気感で否定も肯定せず提示していること、ではないかな、と思ったのです。

本来的には日常生活から遠いはずの死がものすごく身近に迫った、つまり遠い未来や人ごとではなくなった現在の世界を、元々死を至近から見つめてきた人間の視点は冷静に見つめていて、はっとする内容でした。

どうせ元々みんな死ぬものなのに、なにをそんなに騒いでるんだ、くらいの温度感なんですね。不謹慎といえば不謹慎かもしれません。でもこれが世界の現実なのであり、そうした視点から世界を見ている人間もまた普通にいるのだということなのです。

また、『アンソーシャル ディスタンス』という題名は、作品にピッタリでいいなと思いました。