『リリアン』
岸政彦(著)
(『新潮』2020年5月号に掲載)
音楽関係の仕事をしていて、それなりに(音楽で)飯が食えてる、でも夢は叶っているような叶っていないような、そんな中年の男が語り手の、大阪を舞台にしたお話です。
標準語と大阪弁が、雑妙な溶けかたをしていて、散文なのに詩を読んでるみたいでもある印象でした。
ドライではなく、ちょっとウエットな大阪。人がいて生活があって、人生がある感じ。このウエット感は、小説の底流をなす海のイメージと重なって、文体ともうまく呼応していたと思います。
人生が、海の中のような暗い静けさに包まれていて、それが大阪という独特な雰囲気の街とのコントラストになっていて、素敵でした。
語り手と、恋人のような関係にある女性との距離感がリアルで、等身大の大人ーー大人だけど大人になりきれてないような、でもやっぱりちゃんと大人ーーがそこにいて、切ないけど、ピュアだなぁとも思いました。(読んだ人にしか通じないところですが、「おかえり」と「ただいま」とか、なんかいいなってほんとに思います)。
岸さんの小説は、小説としての芝居仕掛けはないのですが、登場人物一人一人の人物造形の中に物語があって、それがちゃんと伝わるから好きです。