第125回文學界新人賞受賞作品/
第163回芥川賞候補作品
『アキちゃん』
三木三奈(著)
(『文學界』2020年5月号に掲載)
成人した女性が、小学校時代に親しかった「アキちゃん」という同級生との思い出を綴った内容。
思い出の内容は、ほとんどがアキちゃんに対する苛立ちや憎しみで、中盤にて小説世界をひっくり返す仕掛けがされています。
選考会では、川上未映子さんと、東浩紀さんの間で解釈が分かれていて議論にもなったようですが、全体としては高評価だったようです。特に、川上未映子さんは本作をだいぶ推していたようです。
私個人が読んだ感想としては、実に企みに満ちた内容で、憎たらしいくらい狡猾な作品、という印象。
小説の主な舞台である十、十一の頃の主人公やアキちゃんを取り囲む世界の形や匂いみたいなものが、詳細には書かれなくても感知できるものがあり、余計な描写がないだけにそれが近く感じられました。こういう書き方が出来るというだけでも「ああ、文章の上手い人だな」と感じます。
書くことと書かないことの選別ーー書いて具体的に見せることと、書かずに想像させることのバランスが実に巧みだということです。これが読みやすさという点にも繋がっていると思います。
また、人物の描き方が良かった。アキちゃんという、だいぶこじらせ気味の人物を、憎しみを持った主人公の視点から描きますが、ありがちな虐めの光景でも、定型には落ちない(あるいは定型と分かっていても、そこに退屈を感じさせない)力量があり、それは並の書き手では出来ないことなので、評価に値すると思います。
人物に関しては、アキちゃんだけでなく、本来はただのサブキャラであるバッチャンの造形が感慨深かったな、という個人的な感想です。物語の主軸には関係ないのに、妙に気になる人物でした。
問題は、前述した作品中盤(ほとんど終盤に近いところ)に待っている仕掛けですが、選考委員の長嶋有さんは正直な感想として『ズル!』と言われていましたが、確かにやられた感があり、「あ、そういうことか」と分かると同時に、何か釈然としない裏切られた感にとらわれました。
この裏切られた感というのは、読み手よってはそうは感じないでしょうし、上手く書かれているので、よくぞここまで騙してくれたと感心して読み進めるという方も多いのではないかと思います。ただ、私はこの手の仕掛け的などんでん返しの書き方は、最近(特に新人賞などでは)時々見かけている印象があったので、こう来て欲しくなかったな、という裏切られた感ではあったのです。
しかしながら、それを踏まえても、やはり本作は上手く書かれていて、2人の選考委員を議論させてしまったというのも、それだけ作品が大きく振り幅を持った内容になっていたということであるのだろうと思います。
読後に色々考えが変わってきて、どうも読み返したくなるという不思議な味わいの作品でもあったかと思います。
新人文学賞からいきなりの芥川賞候補なので、かなり期待の新人作家さん登場ですね。