『孤島の飛来人』 山野辺太郎(著)  (『文藝』2019年冬号に掲載)

デビュー作である文藝賞を受賞した『いつか深い穴に落ちるまで』では、地球に穴を掘り貫通させてその通路を通り抜けるという奇想天外で大掛かりな内容でしたが、今回は風船につられて空を移動し、とある島にたどり着く男の物語です。

文藝賞受賞後の第一作目だそうです。

主人公である若い会社員の男の一人称語りで主に描かれています。

男は、大手の自動車メーカーに勤務していて、彼が挑む事になる風船による空の旅は、自動車に代わる新しい時代の移動手段として密かに開発が進められていた事業計画の一環としての実験でした。

普通に考えたらありえない設定ですが(前作の地球貫通ほどではないですが)、そこを違和感なく読ませてしまう手腕は大変な才能だと思います。

男が、会社員として企業に搾取されているという悲しい労働者の立場からではなく、自発的に働くことがより良く生きることだと感じている前向きな企業戦士であることも、前作に通じているように感じます。

そういう点で、主人公が会社員でありながら、そこに悲哀めいた暗さはなく、冒険譚としての爽やかな明るさに満ちています。

キタイ王国という、非常にリアリティを持った島国が登場し、そこでの生活が作品の主軸で、そこには第二次世界大戦からの歴史があります。

ジュール・ヴェルヌのような、空想小説のテイストを持つ一作だという印象でした。