『発熱』 ル・クレジオ(著) 高山鉄男(訳)  (新潮社)

表題作を含む、全十篇からなる短篇集です。今回は、表題作『発熱』を読んでみました。

旅行代理店に勤めるロクという男の狂気が描かれています。一人称ではなく三人称。

徹底して冷静な第三者の視点から事細かに見つめられる狂気は、もはやある種の自然現象のようであり、そこにある精神は、人間の内面というよりも物質の化学反応のようであり、読者であるこちらは、まるで顕微鏡の中の微生物の生態でも観察するかのごとく、ロクという男の行動の一々を眺めている、といった感覚です。顕微鏡を覗くこちらは狂気の傍観者のようですが、ただし観察されるロクという人間の視点から見れば、狂っているのは世界の方なのです。

物語の中で、太陽がしきりと登場します。生命の源で太陽こそが、生命を焼き尽くし滅ぼしてしまう恐ろしいものの象徴として描かれて、生命の(もしくは世界の)矛盾が、ロクという存在の存在しうる以前に既に存在していて、ロクこそは、そこから決して逃げられないという重大なジレンマに気がついたに過ぎない存在なのです。

生きるということは、ひたすら死に向かっていることに他ならないわけで、命の営みの全てが、病的な発熱を伴うものだということを描いた一つの詩だと、これは一つの詩なんだと、私個人は感じました。