2019年本屋大賞ノミネート作品 『熱帯』 森見登美彦(著) (文藝春秋)

 

本作は、第160回直木賞の候補作にも選ばれました。作品名でもある『熱帯』という題名の、実に不思議な書籍に纏わる、なんとも奇妙で壮大な物語です。

物語が主役の物語、と言ってもいいのでしょうか。

冒頭の部分では、作者である森見登美彦さん本人が語りとして登場してきます。

彼が学生時代にたまたま古書店で見つけた一冊の本(これが『熱帯』です)は、読み終わる前に紛失してしまい、以後いかなる方法でも探し出せなかった幻の一冊です。

そこに秘められた謎を追いかけていく展開ですが、どうやら『千一夜物語』が大きく関わっているらしいのです。

そして、本作自体も『千一夜物語』の特徴である、物語の中に物語が入り込みさらにその物語の中で物語がはじまるという、いわゆる入れ子構造を取っていて、かなり複雑だったので、読んでいて今が誰の語りの物語か時々見失いそうになりながらの溺れるような読書でした。

冒頭に登場した森見登美彦という語り手は、物語が次の語り手に引き継がれてしまうといつの間にかいなくなってしまいます。(最後には、思わぬ形で再登場しますが)

物語と書き手、もしくは読み手の関係は揺るがされ、延いては、存在と世界(宇宙)との関係や認識まで揺るがされてくるような、そんな不穏さがあって面白かったです。

作品が、複数の語り手に引き継がれていきながら、語り手の数だけ割り切れない謎を残して、一つの真実にたどり着いてなお、それではそれ以外の語られなかった真実の可能性はどうなったかという、さらにそこに付随するいくつもの謎を放ったまま終わっていることも、想像を膨らませて止まない演出だったのかと思います。