新潮 2018年 11 月号

『1R1分34秒』

町屋良平(著)

(『新潮』2018年11月号に掲載)

 

 

 

『青が破れる』53回文藝賞を受賞してデビューした、町屋良平さんの中篇小説。

ボクサーとして生きながらバイトで食いつなぐという生活者としての時間も生きている。そしてボクサーとしても生活者としても、自分の将来を上手く思い描けずに、生き悩む……。そんなちょっと自意識過剰気味なボクサー青年が主人公の物語です。

繊細さとユーモラス感が織り交ぜられた主人公の日常と、その日々の中で鬱屈したエゴイズムだらけに肥大していく内面。ボクサーという形をとって、人間の生きづらさや、その裏に潜む生きたい欲望のようなものが、渦巻くように吐き出されていたように思います。

主人公の男には排他的な側面があり、それでいて他者からの愛情を都合よく望んでいるという矛盾があります。そして自己の矛盾を矛盾として意識しながら、ほとんど個性のように(あるいは本能のように)持ち歩いているような男です。

途中から現れるウメキチという人物との出会いが(おそらく彼らは似た者同士)、主人公の中で隠されていた人間の本性(彼の本質的なもの)を刺激して、より複雑な闘士へと彼を導いていきます(と、そのように私個人は読みました)。

読み終えてなお、分かりづらい作品だったように思います。

作品には多く言外に取り置かれている主人公青年の背景が眠っているようで、どうしてここまで彼が人として、ボクサーとして追い詰められているのか(能動的死を夢想するようなまでに?)、そこまでを思い描く想像力が残念ながら今の私にはなかった。あと少しというところで、そこにまで辿り着けなかった。そういうちょっともどかしい読書だったように感じました。

少し時間をおいて再読してみたら、また違った感想を持つのかもしれません。