群像 2018年 11 月号 [雑誌]

『壺中に天あり獣あり』

金子薫(著)

(『群像』2018年11月号に掲載)

 

 

 

2014年に『アルタッドに捧ぐ』第51回文藝賞を受賞しデビューした、金子薫さんの作品。

本作の舞台となるのは、ホテルです。

それは、無限大という比喩が具現化されたと思われる場所で、文字通り無限大に部屋数と廊下と階段が続くホテルであり、ここをさ迷うことを宿命づけられた人物らによって、「迷宮」と呼ばれます。

しかも、冒頭数行が示す通りなら、そこは言葉で綴られることによって造形された空間的建築物であり、つまり小説(物語、寓話)と同義のものであるとも解釈されるべきもの。要するに、作り物(偽物、虚構)の世界なのです。

奇妙なのは、この作り物の世界が、とても作り物だとは思えないほどの強度を持っているということです。

小説(およそ人間が思考の中で創り上げる虚構の世界)は、つねに虚構であるということの前提故に、空虚さやそれを意識してしまうことで生まれる白々しさ、所詮作り物に過ぎないという観点から現実よりも軽く見られがちであるといったような感覚が、表裏一体化した危うさの上に成り立っています。そのようなもののはずです。

しかし、本作では、その偽物が、虚構が、作り物が、絶対的な力を見せつけています。そこに迷い込んだ登場人物たちは翻弄され、その様を見た(読んだ、と書くべきか)読者も、その絶対的な力を前にして、なにか足元からすくわれる様な感覚に陥るのではないでしょうか。

それまで絶対的だとかたく信じていた世界の法則が、全て間違っていたのかもしれないということに気付かされたかのような。もしくは、自身と世界(宇宙)との関係性さえ、覆されてしまったかのような……。

少し大げさな表現になってしまったかも知れませんが、そのような認識的な感覚に直接的に訴えてくる作品だったように感じました。

虚構が、現実とパラレルに共存する、もう一つの世界のように、あるいは現実以上に現実的に存在し続けている真実の世界のように君臨し、一切の説明もなしにいきなり読者に向かって差し出され続けていること。そのようなことが行われているというのが、すなわちこの作品だったのではないか、と思います。

無限大のホテルの中にある有限のホテル、延々と続く螺旋階段、ブリキ製の玩具の動物たち、まがい物の空や草木や川、鏡……。細かい暗示的なアイテムを挙げて、作品の解釈をすることはいくらでもできそうですが、まずはこの何とも知れない不思議な小説世界を、登場人物たちと共に、彷徨ってみてほしいものです。

デビュー作である『アルタッドに捧ぐ』を読んだ時、既に私は驚かされていました。

現実と虚構(物語)の世界に境界線がなく、まるで地続きの世界であるかのように繋がっている、というまるで騙し絵のような世界が、ありきたりな現実と同じくらい当たり前に、当たり前の顔で、すっと立ち現れていたからです。

あの時点から本作まで。彼の作品は、その世界の強度と共にさらに成長し、変貌を遂げようとしているのだと感じました。これから先、彼がどんな小説を書くのか、今ものすごく気になっています。