新潮 2018年 11 月号

第50回新潮新人賞受賞作品

『いかれころ』

三国美千子(著)

(『新潮』2018年11月号に掲載)

 

 

「いかれころ」というのは、「踏んだり蹴ったり」だとか「頭が上がらない」という意味を持つ河内弁なのだそうです(『新潮』2018年11月号の受賞者インタビュー参考)。

小説は、昭和50年代の南大阪が舞台です。

そこで暮らす一族の姿を、当時4歳だった少女の視点から描いています。

少女の視点でありながら、実際に書いているのはそこから三十数年も経った現在の「私」であり、視点人物は一人ですが、子供と大人、二つの視点、二つの眼差し、二つの角度からの照射が作品全体に伸びています。

両親や祖父母や叔父叔母など様々な人物が登場しますが、それぞれの人物造形が実に生き生きと良く描かれているのは、一歩引いた場所から常に冷静に状況を捉えている(あるいは捉え直している)視点があるからで、それと同時に、当時の生活の中では当事者の一人であり、渦中の人として生きている少女の「生」の感触も、きちんとそこにある。ここが何よりも素晴らしいと感じました。

特に、志保子という叔母の人物造形は見事で(小説は彼女の縁談話を中心に展開します)、物語的な展開を造るのではなく、人物の精神構造を外側から説明するのでもなく、まして人物そのものに内面を会話などで告白させるようなことも一切なく、それでいて周囲とは何かしら異質なものを抱えた人物がそこに立ち上がってくるという様は、小説として実に理想的な自然さと風格を湛えていたように感じました。

また、平易な言葉で連ねられた文章の至る所に、はっとするような眼差しがあり、細部まで実に丁寧です。例えるなら、お正月のお節料理のような繊細さ、とでも言うのでしょうか。細心の注意が一つ一つの言葉に払われているといったような印象があり、文章そのものに存在感があります。

選考委員の一人、川上未映子さんは、選評の中で

”南大阪が舞台の庶民版&縮小版『細雪』といった趣もあって”(『新潮』2018年11月号「選評」より)

と評されていましたが、なるほどという感じでした。