『波に幾月』

藤代泉(著)

(『文藝』2018年秋号に掲載)

 

大学院時代の先輩の千疋さんを、語り手である男が訪ねていくという物語。

千疋さんが住んでいるのは空港が一つだけある島(南の方?)で、まるで世捨て人のようになって、一人で暮らしています。

千疋さんというのはただのあだ名で、その由来もそうですが、全体的になんだかとても寂しい気持ちにさせる、やるせない小説でした。

千疋さんという人物と語り手との間には、いわゆる男女の関係のようなものではない、特殊な絆めいたものがあるようにも感じられたのですが、登場人物たちの内面世界には語られていないものが多く、そこが淡く曖昧で揺れている印象でした。

異なる時間を記憶という形で自在に行ったり来たりするのも、揺れている印象に繋がったと思います。

島流しにあった罪人みたいな哀愁漂う千疋さんは、読み方によってはずいぶんとユーモラスな人物のようでもあり、彼女のことが最後には少し気がかりになっていたので、知らず知らず、物語に引き込まれていたみたいです。

 

【著者情報】

2009年に『ボーダー&レス』で、第46回文藝賞受賞しデビュー。

同作品は、第142回芥川賞候補

 

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