文學界2018年9月号

『平成くん、さようなら』

古市憲寿(著)

(『文學界』2018年9月号に掲載)

 

 

社会学者で情報番組のコメンテーターなどでも知られる著者の、小説第二作目となる作品です。

『文學界』に掲載されていた前作の『彼は本当は優しい』は、内容はさておき題名のセンスに引っかかるものがあったのですが、今回はこの題名でやはり良かったのだと思います。

著者自身を彷彿とさせる人物として登場する「平成くん」は、この国が平成に改元した日に生まれたので「ひとなり」と読むその名を命名されるのですが、いつしか「平成(へいせい)くん」と呼ばれるようになります。

正に平成という時代を象徴するかのような人物なのですが、小説の語り手は彼の同棲相手である「私」という女性で、彼女もまた、平成くんと同じ日に生まれたという背景を持つ人物です。

物語は、かの平成くんが、平成の終わりと共に自らの人生も終わらせるため、安楽死を考えているということを「私」に告白するところからはじまります。

面白いのは、日本で安楽死が法的に認められているという設定になっているところで、切り口といい、情報量の多い内容の手際いい捌き方といい、全くそつのない感じで、ふだん解説者としてテレビ画面で意見を求められることの多い社会学者としての作者の持ち味が生きた内容だったかと思います。

ただ、この小説が平成という時代をどこまで深く切り取れているか、というところには多少物足りないものも感じました。

ラストはしんみりとして良かったのですが、そこには現代社会の中で多様化した恋愛の形の一つが示されていて、著者の意欲というか、小説家としての可能性を感じさせてくるものがあったように思います。