聖水 (文春文庫)

第124回芥川賞受賞作品

『聖水』

青来有一(著)

(文藝春秋)

 

 

 

『ジェロニモの十字架』で文學界新人賞を受賞してデビューした青来有一さんの、芥川賞を受賞した作品。

末期癌を患った父親の意向で、父親の生家だった屋敷に一家で移り住んでくるところから物語ははじまります。

奇跡の水として信じられている水を販売している幼なじみの友人(佐我里)が、怪しげな宗教団体の教祖的な存在になりつつあり、死を目前にした父親や、その死に向き合おうとする母親までもが、この男に傾倒していて、その様に対面し、冷静なまなざしで見つめ対処しようとする語り手の「ぼく」がいます。

しかし、この冷静で客観的なはずの「ぼく」の心が、作中で何度も揺さぶられます。

それは、「死」という自然の摂理を目の当たりにした人間の無力感の表れでもあり、あらゆる宗教の芽生えに繋がる感覚のようにも思えました。そこに、危うさと普遍性が潜んでいるようにも。

怪しげな水を売り、リサイクルショップを経営しながら、死にゆく友人のスパーの経営を託されると引き受けようとする佐我里という人物は、胡散臭くもあり、と同時に男気のある人物のようでもあり、また聖人のようでもあります。

こうした二面性(多面性)を持つ人間が不思議と人心を掴み、新興宗教の教祖的な存在へと祭り上げられていくというのは、典型的な構図かと思いますが、人物像が戯画的になることを避けたせいか、多少輪郭のぼんやりとした造形であるようにも感じられました。

しかし実際には、”輪郭のつかめない(つかみにくい)人間”を、よりリアルに描いていると言えるのかもしれません。

そこに対峙する「ぼく」の心の揺らぎは、つかみどころのない相手への畏怖だったかもしれません。