聖水 (文春文庫)

『泥海の兄弟』

青来有一(著)

(文藝春秋刊行の『聖水』に所収)

 

 

 

この作品は、第116回の芥川賞候補になった作品です。

青来有一さんは『ジェロニモの十字架』で文學界新人賞を受賞して作家デビューした後、何度も芥川賞候補に作品があがりましたが、実際に芥川賞を受賞したのは、候補5回目のことでした。

本作は惜しくも受賞を逃していますが、私個人は面白く読みました。

二十年前に中学生だった語り手の「私」が、父親の転勤に伴い移り住んだ有明海の干潟沿いの町で知り合った少年(ユタカ)との交流を振りかえり、思いを馳せる、というもの。

少年たちの友情を育む場となった干潟(泥の海)の自然が、ただ豊かさや美しさばかりの表現ではなく、生命の残酷さや痛みを丸ごと呑み込んだ底知れない広がりとして感じられました。

青来さんの作品を読んでいていつも感じるのは、「疼き」の感覚です。それは、生きているもの全てが持つ、恐れだったり希望だったり失望だったり、自己愛や他者への愛、嫉妬、蔑み、自己嫌悪、性の欲求……様々な感情が絡まった、生々しい疼きです。

瑞々しい少年の心にも、やはり痛いような疼きが感じられて、そういうところに強く魅了されながら拝読しました。