文學界2018年7月号

『三つの短い話』

村上春樹(著)

(『文學界』2018年7月号に掲載)

 

 

 

珍しく村上春樹さんの作品が文芸誌(『文學界』)に掲載されていたので、読んでみました。(たぶん、本当にすごく珍しいことではないかと思います)

題名にある通り、三つの短い話(『石のまくらに』『クリーム』『チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ』の三篇)からなるものです。

『石のまくらに』は、語り手の「僕」が、大学生時代にアルバイト先で知り合った女性からもらった「歌集」に纏わるもの。女性とは一夜限りの関係を結んだ後、二度と会うことはなかったのですが、「歌集」に綴られた彼女の短歌だけは心に残っていて、時々読み返したりもしている。

……と、そんなお話。

歌の中にある愛と死のイメージが、作者である女性の存在を通り越して「僕」の中に棲みついていて、なぜそうなのか、その理由さえ「僕」自身よく分かっていないというところがいい。歌が「僕」の存在すら通り抜けて、この世からすべてのものが消え去っても残っていくかのような不気味があって、そこがさらにぐっときました。

『クリーム』は、語り手の「ぼく」がやはり若いころ(18歳)に体験した出来事を、年下の友人に話して聞かせるという態で進みます。

かつて「ぼく」は、あるとても不可解で理不尽な体験をして途方にくれていたところ、不思議な老人に出逢って、奇妙な教訓染みたことを教えられます。老人の放った言葉の意味は掴めそうで掴めない謎に満ちたものですが、その後の人生で「ぼく」は、何度も繰り返し思いめぐらせることになります。

『チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ』は、三作の中でもっともストーリーと展開の面白い作品だったように思います。

1955年に他界したはずのチャーリー・パーカーが生きていて、1963年に「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」というアルバムを発表していた(!)という全く噓の記事を、大学時代の「僕」が書いていて、大学の文芸誌に掲載もされました。その十五年後、仕事で滞在していたニューヨークで、存在しないはずのアルバム(「僕」が空想で勝手に創り出していた件のアルバム(「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」)を、中古レコード店で見つける(!!)というもの。

気が付くと異世界の扉が開かれていて知らぬ間に誘い込まれてしまっていた、そんな感覚を味わえる一作でした。