ジュンのための6つの小曲

『ジュンのための

             6つの小曲』

古谷田奈月(著)

(新潮文庫)

 

 

14歳(中学2年生)のジュンは、学校では「アホジュン」と呼ばれ、周囲の生徒らから見下されていて、友達が一人もいない。

それでもジュンには、「音(音楽)」があった。

ある日、クラスメートのトクが河川敷で演奏したアコースティックギターを聴いて、自分は楽器だと気付く。

小谷田奈月さんの作品は、第30回の三島賞候補になっていた『リリース』を読んでいたのですが、この度『無限の玄』第31回三島賞を受賞されたことで、急に気になって、本作を読んでみました。

読みはじめから物語の中盤くらいまで、主人公であるジュンという少年と、彼の受け止めている世界の有り様が、どうしても掴みきれなくて、そこに違和感を覚えていたのですが、終盤になってだいぶ納得できるように変化しました。

おそらくジュンは、現象や物体やある種の刺激(特に音に関係するもの)に対して通常とは異なる感覚を持ち、特殊な知覚を有する共感覚の持ち主だろうと思われます(作品では、言及されていませんが)。

ジュンという少年を、ある特定の善悪やコミュニケーション上のルールに当てはめてしまうと、大きく捉え損ねると思います。

彼は善でも悪でもなく、また天才でも「アホ」でもなく、無垢でもなければ穢れてもいなくて、ただ単に「ジュン」なのです。

そのことに思い至った瞬間に、この小説が(というより、ジュンやジュンを取り囲んでいる世界の有り様が)急に納得のいく形で受け入れられるようになりました。

小説のもう一人の主要人物であるトクについても、触れておきましょう。

彼もまた、音楽に魅了されている人物で、密かに作曲家を志しています。

音楽に対する気持ちは、ジュンに負けないくらい純粋なのに、ただジュンと違って社会のルールに敏感です。

ごく普通の少年であるトクは、社会の常識にある程度縛られています。

一方で、常識に一切縛られることなく、独自のルールで生きている奔放なジュンと、音楽を通じて親しくなります。

このことで、ジュンのことを「アホジュン」と蔑む周りの友達との関係が危うくなってきてしまい、板挟みになって苦しむことになります。

トクの複雑な内面は、ジュンよりもずっと理解しやすく、それだけにその人物像は魅力的でもありました。

本作のラストが素晴らしいのは、トクという少年が、それまで縛られていた常識(だと思っていたもの)から、音楽の力で開放されて、一段高い感情の場所に飛翔できたことだと思います。

音楽が、この世界(宇宙)そのものから湧き上がってくるような感覚に、心が躍りました。