タンゴ・イン・ザ・ダーク (単行本)

第33回太宰治賞受賞作品

『タンゴ・イン・ザ・ダーク』

サクラ・ヒロ(著)

(筑摩書房)

 

 

N市役所のこども課で働くは、激務に追われる毎日だった。

結婚して3年になる妻のKと、古い平屋を借りて住んでいる。

ある日から、妻が自宅の地下室に籠り、出て来なくなった。顔に火傷をしたから、僕に顔を見られたくないのだという。

数日のことだろうと思ていたが、妻は一カ月を過ぎても、地下室から出て来ず、僕に顔を見せようとしない。

気が付くと、妻の顔が思い出せなくなっていることに、僕は気づく。

なんとか、妻を地下室から連れ出そうと試みる僕だったが……

冥界の王ハデスから妻を取り戻そうとするギリシャ神話の「オルフェウス」や、『古事記』のイザナミとイザナギの物語になぞらえるように、小説が展開していて、ただの民家の地下室が、まさに冥界のような異様さと広がりをもちはじめてくるなど、なかなか面白いと思いました。

主人公の「僕」が、妻の顔を思い出せなくなったことで、記憶という曖昧なものに支えられた自己の存在の危うさに、延いては世界そのものに対して強い不信感を抱きはじめるなど、哲学的な掘り下げがあって、そこも興味深く読みました。

妻が地下室に長く居続ければ居続けるほどに、どんどんリアリティからかけ離れていく一方で、主人公の「僕」の日常と精神がゆっくりと壊れていく感じも、良かったです。

ラストの展開から、急に物語を上手くまとめようとするかのような姿勢が見えてきて、そこだけは残念でした。

どうせいろんなことを解決せずにぼかして終わるなら、もっと意味不明な未知の領域に連れて行ってほしかったかな。