夢を与える (河出文庫)

『夢を与える』

綿矢りさ(著)

(河出文庫)

 

 

 

生まれた時から特別に可愛らしい赤ん坊だった夕子は、危機的な関係にあった両親の仲を修復させ、愛情を一身に受けて育った。

やがて幼少時からチャイルドモデルの仕事をするようになった夕子は、ある食品メーカーのCMに起用されたことで、一躍有名になる。

芸能プロダクションにも所属して、学校に通いながらタレント活動を続けていく夕子は、大人と子供の世界を往復する日々の中、仕事や自分の将来について、捉えあぐねていた。

インタビューで将来のことを聞かれると、「夢を与える人になりたいです」と答えるようになったが、それを口にするたびに、違和感を感じていた。

本作は、『文藝』2006年冬号に掲載されたもので、芥川賞受賞後の第一作目です。

デビュー作『インストール』や芥川賞受賞作となった『蹴りたい背中』と同じ作家が書いたとは思えない印象を受けました。

一人称ではなく三人称で書かれているというのもあるのでしょうが、主人公の少女と作者とが、一定の距離感を持って淡々と描かれていて、ものすごく落ち着いた気配のする作品です。

チャイルドモデルからCMの出演を機に国民的なアイドルになった一人の少女の、18歳になるまでの成長物語ですが、最後にはとんでもない転落劇が待っています。

この作品が実に周到だと思ったのは、夕子というヒロインを描くのにあたって、両親が恋人同士だった時代からの不穏な成り行きから書き上げている点で、最初は母親の視点で描かれていたはずの物語が、いつのまにか夕子の視点に移行していく過程も自然でした。

終盤に至るまで、ほとんど事件らしい事件は起こらなかったという気がしていたのですが、振り返ってみると、事あるごとに悲劇の伏線が、幾つも用意されていました。

大河ドラマを観ているような(というか、読んでいるような)重量感を感じる作品で、この作品にかけた作者の意気込みが感じられます。作家として、なにかしらの段階を乗り越えたという感じさえします。

綿矢さんの作品の中でも、これはかなり読み応えのある長篇になったな、と思う一方で、この作品後に書かれた作品が、大河的な重さに走らなかったことは良かったな、とも思います。

夕子の父親とその不倫相手との一連は、なんとなく綿矢さんの作品の中でも私が特に気に入っている『かわいそうだね?」にも通じるものがあり、そこも気になりました。

父親の不実により母親が受けた苦しみと、後に夕子が恋人の裏切りにより受けることになる苦しみが、同じ重さだという皮肉も、作品の構図の中に納まっていて上手く出来ている小説だな、と感心しました。

作品終盤で夕子が、自分自身の受けた苦しみを一つの罰として捉え、ではその罪とは? と問いかけるところには、ぐっときてしまいました。

彼女は何も悪いことをしていないのですから、罪も罰もないのです。では、どうして彼女は不幸なのか?

本作は主人公が徹底的などん底に落ちる作品ですが、このどん底の先にしか彼女の幸福な未来が描けないということも、なんとなく伝わってきます。

この先に夕子がどうやって人生を這い上がっていくんだろう、という物語を考えたりして、だから読後感はそんなに悪くなかったです。