去年の冬、きみと別れ (幻冬舎文庫)

『去年の冬、きみと別れ』

中村文則(著)

(幻冬舎)

 

 

 

 

本作は、幻冬舎創立二十周年記念として、特別に書き下ろされた作品で、初版が発行されたのは2013年の9月です。

その当時に一度読んでいましたが、岩田剛典さんと斎藤工さんのダブル主演で映画化されて再び注目されているので、再読してみたくなり、もう一度手に取りました。

二人の女性を焼き殺した死刑囚の男(木原坂雄大)と、その彼を取材するライターの「」。

物語は、この二人が拘置所の面会室で対峙するところからはじまります。

二つの殺人の奥には、殺人以上に悍ましい人間の狂気が隠れていて、それが徐々に露わになっていきます。

最後まで読者を欺くことに重点を置いたというような書き方になっていて、エンタメ性の強い内容だったかな、と感じました。

なにかしら意味深に響いてくる独特な文体が、サスペンス仕立ての本作の中で、文学的な力を保ち続けていたようにも思います。

ただ、芥川龍之介の『地獄変』や、カポーティの『冷血』、ゲーテの『ファウスト』など、執筆にあたって影響を受けたに違いない作家たちの名作を、登場人物たちの会話等に差し込んでいるところだけは、個人的にはあまり共感できないものがありました。

本作を一度目に読んだ時には、ここに強い反発も覚えたのですが、猟奇的な事件を起こしてしまう人間の人物造形としては、むしろリアルなのかもしれない、と、再読してみるとそんな気もしてきたりしました。

作品には、精神的な歪みを抱えた人物たちが複数登場してきますが、死刑囚となっている男の人物像として、心が空っぽで他者の影響を受けやすい、という描写があり、これは正常である(と自分では思っている)多くの人間にも当てはまることではないかと考えると、何気にリアルな恐さを感じるところではありました。

中村文則さんの作品では、大江健三郎賞を受賞した『掏摸(スリ)』が一番好きですが、文学性とエンタメ性の両立を念頭に書かれたであろう本作は、かなりな野心作にちがいありません。

原作を読んでいても騙される、という映画の方が、少し気になっています。