文學界2018年2月号

『蛇淵まで』

芳川泰久(著)

(『文學界』2018年2月号に掲載)

 

 

 

母親の納骨を済ませ、実家の整理も終えると、旅に出ようと決めた主人公(語り手)は、父親の出身地である四国に出かけることにした。

気軽なつもりの旅で、父親の思い出が押し寄せてきたが、思考はいつしか母親との記憶をたどりはじめた。

物語は、父親の出生地を巡る旅の話なので、父親との思い出にひたっていくのかと思いきや、当の父親は早くに亡くなっていてあまり語り手(主人公)の記憶に残っておらず、思い出すのは母親の記憶ばかり。

新興宗教に嵌まり込んで、方位や名前や戒名やお墓、といったものに尋常でない執着をみせる母親の異様さと、それに反感や嫌悪を抱きながらも、どこかで母親の繰り出してくる迷信めいた言動を否定しきれない語り手がいます。

親子の対立の構図が微妙に捻じれている感じとか、過去と現在の時間軸が行ったり来たりしつつ揺れている旅の様子とか、基本的な構造のしっかりとした作品だと感じました。

まさに熟練した書き手による、熟練した小説。こういう作品はすごく安心して読めるし、映像も浮かびやすくて感情移入もしやすい。良質な小説だと思います。

ある程度までは予定調和の中にあったようにも思えるのですが、物語の分岐点になるもう一つの母親像をつくりだし二つの母親を溶け合わせたことで、予想外の広がりを持ったと思います。