新潮 2017年 11 月号

第49回新潮新人賞受賞作品

『百年泥』

石井遊佳(著)

(『新潮』2017年11月号に掲載)

 

 

離婚後に付き合った男のせいで多重債務者になってしまった「」は、元夫に借金を申し込んだところ、仕事を斡旋された

それは、インドチェンナイにある企業で社員教育のための日本語の教師をする、という内容だった。

こうしてインドに渡った「私」だったが、チェンナイでの生活も三カ月半が過ぎところ、百年に一度という洪水に遭遇した。

洪水から三日目にしてようやく水が引いたので、会社に出勤していく「私」。

その途中、アダイヤ―ル川に架かった橋にさしかかると、百年に一度の洪水の様子を見に、近所から大勢の人々が集まっていた。

(感想)

人びとが集まっている橋の上には、ドブ川に積もっていた百年分の泥が押し寄せ、それを両端にかき寄せているのですが、その泥の塊の中から、とんでもないものが次々と出てきます。

それは7年間も帰って来ずに母親を心配させていた子供だったり、何十年も眠り続けて(いたらしい)青年だったり--現実の人生とは別に、無限にある可能性の中で、もしかするとこうもあり得たかもしれない、というもう一つの人生が、泥の中から次々出てきているのです。

そこに語り手である「私」の人生に関りのある、過去の思い出の品などもひょっこり紛れ込んでいたりして、子供時代の母親の記憶なども呼び起こされます。

選評では、大澤信亮さん以外は、概ね高評価であるという印象を受けました。

特に、川上未映子さんは選評の中で、

まさに有機的な傑作であり、このような作品に出会えることは僥倖である。(『新潮』2017年11月号「選評」より)

とまで言われているので、かなりな熱量だと思います。

選評ではいつも厳しめな意見を出す中村文則さんが、

エピソード(特に後半)の質、世界や人間を見つめる視点、完成度など、候補作の中でこの作品はレベルが違った。(同上より)

と珍しく高評価だったのが、印象的でした。

私個人の意見としては、インドという大国の底知れなさと、繰り出されてくる展開自体の突拍子のない感じ、それに語り手である「私」の、真面目そうなのに、どこかとすっとぼけたような雰囲気などが相まって、独特な作品世界になっていると思いました。

主人公が出勤途中で橋にさしかかったところからの急展開に、最初はかなり戸惑いました。

突然、泥の中から行方不明だった人たちが出て来たり、人が空を飛んで出勤する話をはじめたり……と、SFとお伽噺とリアルがごちゃまぜにになったような世界に一変して、正直、驚きました。(冒頭からそうだったら、もちろん驚きはなかったと思います。けれど、冒頭からぶっ飛んでいても良かったのではないかな、とも思います)

田中慎弥さんが選評の中で、作品を”面白かった”としながらも、

ただ後半、語り手の、母との記憶の部分に違和感があった。(同上より)

ということを言われていました。さらに、

これだけ泥があるのだから泥の世界だけで押し切ってほしかった。でもそれだと小説にならないか。(同上より)

ということなどもおっしゃっていて、確かに、途中で泥が遠くに行ってしまっていたかもしれないな、最後にはちゃんと戻ってきたけど、と思いました。

 

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