『帰郷』
青山七恵(著)
(『群像』2017年2月号掲載)
13年間働き続けた信用金庫を退職してから、二ヵ月近く経とうとしている「わたし」は、建て替えのための解体が決まった実家に一時帰宅する。あわよくば、そのまま実家に寄生してしまいたいという、願望を抱いて。
しかし両親とは、6年前に婚姻を巡ってもめたことが原因で、疎遠になっていた。 「戻りたい」という気持ちを、なかなか母親に告げられないまま、取り壊しのための準備(荷物整理等)を手伝う「わたし」だった。 そこに、(既に亡くなっている)祖母の子供時代の友人だった老女が現れ、かねて祖母がくれると約束していたかつらを、建物が取り壊されてしまう前に引き取りにきた、と主張する。 矢板橋という名のその老女と共に、「わたし」は、くだんのかつらを探しはじめる。 |
『群像』に発表された、青山七恵さんの短編小説です。
主人公の「わたし」が帰ろうとしている実家は、地元の名士だった曾祖父が建てたもので、断片的な情報からでもかなりな豪邸であろうかと想像できます。
両親の暮らしぶりも、曾祖父や祖父の時代ほどの羽振りではないにしても、お金に困っているという様子はなく、だいぶ余裕がある資産状態だという印象です。
それに対して、主人公の「わたし」は、まだ三十代であろうかと思われるのですが、人生に疲れ切っていて、経済的にも精神的にも行き詰まった感が見え隠れします。
あわよくば両親の元に寄生してしまいたいという願望は、生きるための努力を全て放棄してしまいたいという逃避でもあり、また失っていた家族という繋がりへの思慕だともとれます。(父親よりも母親との関係性がより鮮明であるので、母体回帰の願望とも読めるような気がします)
しかし、どんなに帰りたくても、その帰るべき家族という場所は、既に取り壊しが決まった実家の建物が象徴するように、荒れ果てて壊れきっています。彼女がかつていたはずの場所には、飼い猫がぬくぬくと居座っているといった有様なのです。
もうどこにもない、帰れない場所に対して、彼女は帰りたいという思いを募らせているのです。
なんとも切ないような話ですが、荒廃した屋敷の中を、かつての美しい思い出を追いかけるように、ひたすらかつらを探して回る老女の気配が、なんとも異様で、そして妙にいじらしくも思えました。