『ナイス・エイジ』
鴻池留衣(著)
(『新潮』2017年7月号掲載)
アイドルからAV女優に転身し「あきら玲奈」として活動している絵里は、あるオフ会に、ハンドルネーム「アキエ」として参加した。
彼女の目的は(くだんのオフ会参加者全員の目的でもあるはずだが)会場に同席することになっている「未来人」だった。 遡ること2009年の10月、2112年から来た、とする人物によるネット掲示板への書き込みが、全てのはじまりだった。 彼は、今後「5年以内」に起こる大地震とそれによる津波や、当時の民主党政権の後に長期間の自民党政権時代が到来することや、日本のある一帯が立入出来なくなること、などを予言して的中する。 その後、姿を晦ませていたが、2011年の10月に、「2112」として再度、ネット上に現れる。 果たして、「2112」とは本物の「未来人」なのかどうか、再度現れた2011年度版の「2112」は、2009年度版と同一人物なのかどうか?? ……と、様々な憶測や主張がネット上で飛び交う中、「2112」は一通りの書き込みを終えて、5年後(2016年)の12月に、「時間旅行者をもてなすスレ」の定期的に行われているオフ会(「未来人がいるかもしれないオフ」)に参加する、と予告して、またも沈黙した。 絵里が参加したオフ会とは、まさにそのオフ会だったのだ。 果たして、自称「2112」は現れ(進次郎と名乗る)、なぜか絵里と同居生活をすることになり……。 |
《感想》
『二人組み』で、第48回新潮新人賞を受賞した鴻池留衣さんの、受賞後第一作目となる中編小説です。
突如「未来人」と名乗りネット上に現れた謎多き人物「2112」と、ネット世界の住人たちとのバトル&交流が描かれていて、母親と不仲の関係にあるAV女優(絵里)がそこに大きく関わってきます。
内容的にはSFの要素もありますが、王道のSF小説とは、少し毛色が違っているようです。
タイムマシンの原理一つとっても、本気でそこを追求する気がないのは明快です。
その一方で、一番気になったのは、様々な人物がネットを媒介して様々な意見を言い募りますが、誰一人の意見も主体的な描写がされていないことです。
これは物語の最重要人物である絵里や、「2112」を名乗る進次郎においても同じで、誰もがその発言の裏側に、別の真実を隠し持っているかもしれない、という可能性を感じさせます。
信用できるのは客観的な事実だけで、作中に巻き起こっている事件や出来事は、ほぼ現実のそれとリンクしているので、「こちらは信用できるのかな?」と思いながらも、「しかし本当にそうなんだろうか?」という奇妙な不安に囚われてきたしもします。
『名探偵コナン』の決め台詞ではありませんが、”真実は一つ”のはずなのに、その真実が掴もうとしても掴みきれなくて、ずるずるとネット世界の虚構空間に呑み込まれていくような、そんな覚束なさがあります。
「2112」なる人物が、謎だらけで胡散臭く、その”「2112」は自分だ”と主張する進次郎という人物はもっと胡散臭く、それを間近で観察し、彼の嘘を暴こうとする絵里という人物の肖像も、ネットの書き込みの中に紛れ込むと途端に、どこか胡散臭く感じられてきます。
本作品の舞台は、ネットの世界の中でも、とてもマニアックなスレの中のやり取りをメインにされていて、広いようで狭く、狭いようで広い、その実態の掴みにくさがどうしようもなく気になりました。
嘘か本当か分からない「未来人」の話を、ネットという自由空間で大勢のユーザーが好き勝手に無責任な意見を書き込みあい、その書き込みだけで、まことしやかな世界(宇宙)が出来上がっていく。そういう世界の中で生きているという、足元の不確かさが、実感として強く意識された作品でした。
タイムトラベルが本物であるかどうかは、もはやどうでも良くなっているのでは? という印象なのが、ラストに込められたアイロニーかな、と感じました。