『アフリカの愛人』
旦敬介(著)
(『新潮』2017年5月号掲載)
二カ月前、フリーのジャーナリストであるK介は、ケニアのサファリ・ホテルの開業メンバーとして働くことになった妻とともに、ナイロビのアパートに引っ越してきた。
妻は仕事で、ホテルのあるマサイ・マラ(野生動物保護公園の内外にマサイ人の集落が点在する地区)に二週間いて三日間の休暇がもらえる、というシフト体制だった。 妻が仕事で不在がちなことをよいことに、東アフリカのナイトライフを楽しむようになったK介は、ナイトクラブで知り合ったアミーナをアパートに連れ込むようになる。 恋人と別れたアミーナは、ついにはK介のアパートに住みつくようになる。 妻が休暇で戻ってくる、という前日、困り果てたk介は、愛人(アミーナ)を連れて、モンバサへ(その後、ザンジバルへ)と「逃避行」の旅に出かける。 |
《感想》
読み始めから、変な小説だな、と感じました。
語り手は「僕」とあるのですが、どうも人間ではないようです(少なくとも、冒頭の時点では)。
精霊かなにか霊的な存在であるようで、K介の周辺を透明な体で漂い、彼の過去から未来までをも俯瞰する場所から、物語を紡ぎます。
ラストで正体は明かされますが、ちょっと得体のしれない「ゴースト」の視点が混ざり合うことで、アフリカという、日本とは遠く離れた異国の空気に絡まれていくようです。
そこは、赤道直下の熱く蒸れた土地で、日常の中に悪霊とか魔物が彷徨いこむ場所で、人の思考力を停止させて、ある種の狂気に導く場所、でもあるようです。
一方、K介というのは、愛人とお粗末な「逃避行」に走るよりも前に、既に日本というしがらみから逃避してきている男で、常に何かから逃げることで、なにかを発見しようともがき生きているかのような男です。
女にだらしがないだけでなく、自己中心的で実に「ダメな男」ですが、なぜか憎めない純粋さを持ち合わせた人物でもあります。
旅行から戻ってきた後のミステリアスな展開には、引き込まれました。
謎が謎のまま絡まって、最後まで解け切れていないところが、なかなか良かったと思います。
結局彼は、何者からも逃れられてはいないのですが、「人生は人間喜劇」という究極の自虐の境地を手に入れます。
けれど、その喜劇の裏には、付き纏う哀愁があり、笑えるのにどうも哀しい物語でもあり、それは読者である私自身の心の襞とも繋がって、人生のほろ苦さを噛み締めた読書でした。