『ウィステリアと三人の女たち』
川上未映子(著)
(『新潮』2017年8月号掲載)
三歳年上の夫と、結婚して九年目の「わたし」。
不妊治療に理解のない夫との間に子どもはできず、専業主婦である「わたし」は、夫を仕事に送り出した後は、家事をする以外にやることもない。 そんな日々の中、結婚後三年して建てた家の、斜め向かいの屋敷が、解体作業をはじめた。 庭に藤の木のある、大きな屋敷。そこに、一人の老女が住んでいた。 |
「ウィステリア(Wisteria)」というのは、フジ(藤)のことです。(フジの学名は、「Wisteria floribunda」)
大きな屋敷が解体されて、瓦礫になろうとしている場所に咲く花のイメージとして、これほどピッタリなものはないと思えます。
幻想と現実、他者と自己との区別まで危うくなってしまう暗闇の中で、藤の木が静かに紫の花房を垂れ下げている、なんて、怪しげで、妙な色香さえも感じました。