『まだなにかある』(上・下)
パトリック・ネス(著)
/三辺律子(訳)
(辰巳出版)
少年(主人公のセス)は、海で溺れて死ぬ。そして、再び目覚める。
見知らぬ町で、裸同然の奇妙な格好で。 海で溺れたはずなのに、何かが、おかしい。 やがて町をさ迷ううち、そこが記憶にある場所であるということに気付く。 それは、彼が子供のころに家族と住んでいたイギリスの田舎町だった。 しかし、町には彼以外の人間の気配はなく…… |
死んだはずなのに、まるで眠りから覚めたかのように、再び「世界」の中に放り出される主人公、セス。
彼の前には、いくつもの謎が立ちはだかります。
いったい何が自分の身に起きているのか分からずに、セスは戸惑います。
確かに一度「死んだ」という自覚のある彼には、自分が生きていることすら、不思議でならないのです。
これは「現実」なのか「夢」なのか、それとも、ここに来る前(死ぬ前)の世界が「虚空」だったのか。いったい、この世界とは、そもそもなんなのだろう?
何一つ、確かなものがありません。自己の存在すら、根底から揺すぶられていくような、危うさと恐怖。
物語の進行とともに、少しずつ、「町(世界)」の秘密が解き明かされ、またセスの過去も呼び覚まされていきます。
弟に関するある事件の真相や、セスと親友との間に起こった出来事など、セスが死ぬことに至った経緯が、明るみになります。
少しずつ謎は解けていくようで、それなのに常に立ちはだかる「世界」の、大きな謎。
その先に、”まだなにかある”という、もどかしい緊迫感が、作品を覆いつくします。
SFとサスペンスの要素が満載で、映画を観ているような展開の面白さに、引き込まれました。
また、作品の根底には、ジェンダーや移民、人種差別、といった深刻な問題意識も流れています。
物語の途中から登場する、レジーンやトマシュとの友情を通して、セスが傷ついた心を癒し、崩壊していた内面世界を取り戻していく、という過程があり、青春小説としての爽やかさと、熱量も感じられました。
【作者について】
アメリカ生まれの、イギリスの作家。
南カリフォルニア大学を卒業後、1999年に渡英しています。
若い読者に向けた作品が多く、
『心のナイフ 混沌の叫び1』でガーディアン賞、
『問う者、答える者 混沌の叫び2』でコスタ賞児童書部門、
『怪物はささやく』でカーネギー賞とケイト・グリーナウェイ賞を受賞しています。