『野良ビトたちの燃え上がる肖像』
木村友祐
(新潮社)
主人公の「柳さん」は、猫の「ムスビ」とともに、東京都と神奈川県の県境の河川敷で、ホームレスとして暮らしていた。
そこへ、元々雑誌記者として彼を取材していた「木下」という若者が、職と住居を失くして彷徨いこんでくると、面倒をみてやるようになる。木下も、そんな柳さんを慕い、河川敷での生活に馴染んでいく。 柳さんは、空き缶を集めて回ることで収入を得ていて、河川敷には他にも複数のホームレスがいたが、それなりにのどかな日常だった。 だが、あるころから、彼らを取り巻く環境は激変してしまう。 政府の政策の失敗から失業者が増え、それに伴い、河川敷に生活の拠点を求めてやって来る人々が急増したのだ。 河川敷は、住む場所を失くした人々でいっぱいになり、難民キャンプのような様相にまで至る。 それまでゆるく保たれていた、河川敷の秩序も崩れ、近隣住民たちの怒りを買うようになる。 街では、ホームレスを”野良ビト”(野良ネコになぞらえ)と呼び、空き缶を与えないようにとする看板が立てられ、様々な形で”野良ビト”を締め出す動きが現れる。 |
【リアル未来小説】
これは、作品が発表された2016年より2年だけ未来の、架空の物語です。
けれど、あまりにもリアルで、本当にこれと同じことが現実に起こっても(あるいは今現在、水面下で起こっていたとしても)不思議ではない、それくらい、切実にリアルな物語です。
前半部の、柳さんを中心とするホームレスたちの日常を描いた部分では、人がいかに人生を踏み誤ることが容易なことで、ごく普通の人間が、ごく当たり前にホームレスに成り得るのだという、リアル。
そして、実際にそうなったとしても、元々ごく普通の人だったのだから、ホームレスになったからといって、特別な人間になるのではなく、やはり当たり前に、(彼らは)普通の人間で、普通に暮らしている--例えば、空き缶回収でちゃんと生計を立てて、日常生活もきちんと送っている--というリアル。
中盤からは、そもそもの問題は個人にあるのではなく、多くは(全てではないにしても)社会全体の構造やその歪みにあること、を突き詰めた、リアル。
そしてラストにかけて、本当に恐ろしい出来事へと、事態が傾斜していきます。
それは、世界中のあちこちで今現実に起きている様々な紛争を想起してしまような内容で、そんなことが、本当にこの平和(だと思われている)日本でも起こり得るのだ、というリアル。
……と、本当に細部までリアルにこだわった小説なのですが、なによりも素晴らしかったのは、どうにもならない行き止まりのような状況の中でも、登場人物たちが、ものすごく人間臭くて、他人や弱者(猫も含めて)を思いやる気持ちを捨てきれてないところ、なのでした。
少なくとも、ここに救いがあるという気がしました。
ただし、安易な終わり方に逃げてなくて、最後まで現実を直視している姿勢には、どうにも心を掴まれました。
作者の木村友祐さんは、2009年に『海猫ツリーハウス』で、すばる文学賞を受賞してデビューされています。
思えばこの作品も、地方で暮らす若者のリアルを描いていて、生活者と社会との切り離せない関係性に、とても繊細な感性で迫っています。
【関連作品】
『海猫ツリーハウス』
木村友祐(著)