第28回三島由紀夫賞受賞作品
『私の恋人』
上田岳弘(著)
(新潮社)
10万年という時空を超えて転生し、「恋人」を想い続ける、「私」。
一人目の「私」は、驚異的な知能で10万年後の未来まで想い描ける、クロマニョン人。 二人目の「私」は、ナチスの強制収容所の独房で死んだユダヤ人、ハインリヒ・ケプラー。 三人目の「私」は、東京に暮らす井上由祐。
井上由祐の時代、人類は三周目の旅の途中だった。
一周目では、アフリカ大陸から発祥した人類が、惑星の隅々にまで行き渡る。 二周目は、新大陸発見をきっかけに、その後次々と繰り返される侵略と戦争の時代。(二つの原子力爆弾の投下により終わる) 三周目は、Windows95の登場からはじまり、目下進行中。(やがて人類が”彼ら”を作り出すことで終焉を迎えると予想される。)
一人目、二人目の記憶を抱えて三度目の転生をした「私」(井上由祐)は、一人の女性(キャロライン・ホプキンス)と巡り合う。 彼女は、「私」の想い続けた「恋人」なのだろうか? |
デビュー作である新潮新人賞受賞作の『太陽』もそうですが、とても視野の広い作風だと思います。
10万年という長い時間枠で息づく惑星全体を、すっぽりと手の平に乗っけて覗きこんでいるかのような感覚。なんだか、新しい神話を読んでいるようです。
題名から、恋愛小説を想像される方も多いと思います。
ここで描かれるのは、もちろん一つの「純愛」です。……が、一般的な男女の情感を描いたものとは、なにかが違うようです。ここでも、なにか神話的な超自然観のようなものを感じます。
それは、”時空を超えている”というだけでなく、なにかとてつもなく大きなエネルギーを有した(例えば宇宙を最初から創造してしまえるか、むしろ粉々に粉砕してしまえるような)特別な「愛」だという感じがします。
それだけに、もっとシンプルな恋愛ものを期待して読み始めてしまうと、ちょっと戸惑ってしまうかもしれません。
この作品の魅力の一つは、膨大な人類の歴史情報を、非常に手際よくコンパクトに分析し、まとめてくれているところではないでしょうか。
ああ、そういうことか、と、大きな流れでの「人類」というものを、改めて作品を通じて見つめ直すことができてしまう。
「神」とまではいいませんが、そういう、普段より数段高い場所から世界を俯瞰できる視点を、読者である我々も有することが出来る。そして、人類について、宇宙の謎について、未来について、様々な思考を、束の間馳せる。
これは、そういう作品なんだと思いました。