新潮 2017年 06 月号 [雑誌]第43回川端康成文学賞受賞作品

『文字渦』

 円城塔(著)

(『新潮』2017年6月号掲載)

 

 

起源前200年代の終わりにの始皇帝が築き、その後項羽の手により焼き払われ忘却されていた陵墓が存在していたことが、1974年になって近隣の農夫により素焼きの像が掘り起こされたことで、再び思い出されることとなる。

陵墓を囲むように配置された陪葬坑には、ゆうに1万体は超える写実的な人型の像()が整然と並べられていた。

その中の一体の桶(陶工を模した桶)の足元から発見された竹簡には、三万個にも及ぶ、未知の漢字を多く含んだ文字のリストが記されていて、それらは一つとして同じ文字はなく、全て「人」の形が含まれていた。

 

この『文字渦』という題名を見れば、中島敦『文字禍』を思い出す人も多いでしょう。(ただし、『渦』と『禍』、一字違いですが)

私は、円城塔さんがこの題名で短編を書かれたと知った時、不思議な感慨を覚えました。

というのも、円城塔さんの作品(どの作品だったかが、はっきりとしないのですが)を読んでいた時に、どういう繋がりや引っ掛かりであったのか、中島敦の『文字禍』が、頭を過ったことがあったからです。

まだ、その時にはこの短編の発表がされる前だったので、一種の連想として円城さんの作品の中の一文もしくは言葉の断片の何かが、私の思考回路の中で反応したのち、自然にそこに繋がって、「導かれた」という感覚でした。

その時には、そこを深く考えることもなく、忘れていましたが、今回『文字渦』に触れて、再び思い出さずにはいられませんでした。

中島敦さんの『文字禍』は、文字の霊が人間に及ぼす禍について書かれたもので、秦ではなく、アッシリアでの話です。一方、円城塔さんの『文字渦』は、秦の始皇帝(「嬴〈えい〉」と名乗る)の命令で「真人」の像を作ることになる陶工の話で、内容は全く違います。

それでも、この二つの作品は、強く繋がっている、という感覚がします。

それは、かつて、私の頭の中で勝手に起こった連想の記憶のせいかも知れないのですが、元々、円城塔さんの頭の中でも中島敦さんの『文字禍』と呼応するものがあり、それが過去の作品のどこかの一文に刻まれていて、私はただそれを読んで感じ取っただけ、というのが正しいことなのかもしれません。

円城塔さんの作品は、どれも私には難解ぎみで、その半分も正しくは理解し切れてはいないのではないか、と不安になり、疲れてしまうこともしばしばです。が、どんなに彼の作品が難解でも、時々、とても不思議な宇宙を垣間見せてくれるから、好きです。

彼の作品には、そこに書かれている以上の広がりや発想を生み出す種(もしくは装置)が、仕込まれているという気がしてなりません。その種(もしくは装置)は、言葉の森の奥に巧妙に隠されていて、慎重に読み進んだ人だけが見つけられる、という類の宝探しをしているみたいです。

本作も、そういう作品でした。