「東京宝石箱」
中山咲著
(『文藝』2014年冬号 掲載)
短大を卒業した主人公「私」は地元で就職していたが、友達に東京の仕事(貿易事務)を紹介され、母親の反対を押し切って、上京。
東京と言っても、不動産家が勧めてくれた、わりと田舎染みた雰囲気の都会(都心ではない)に部屋を借りた。東京に人並みの憧れは抱いていたが、実際に暮らしてみると、生活感に満ちた地味な毎日。 そんな「私」のマンションのそばには、「ゆきぶち」と名付けた野良猫がいる。「ゆきぶち」は、「私」がマンションに帰って来ると姿を現すので、こっそり餌をやっている、汚くて全く可愛げもない猫である。 さて、「私」は、貿易事務の仕事は一年もつづかずに、携帯電話の販売員になっていた。 あるとき、東京に住んでいる学生時代のゼミの仲間と、同窓会をすることになる。 久々に集まった女友達は、専業主婦もいれば、小さな企業のOLになった者もいる。 同窓会は、楽しく和んだ雰囲気だったが、ただ一人、仕事で遅れて現れた「小夜」という友達が、突然「私」の職業に対して、難癖をつけだし、もっと真剣に将来のことを考えるべきだと言いだす。 「私」をかばった友人たちもやり玉に挙げられ…… 会の空気は一瞬で冷たくなり、その空気感のまま解散となった。 |
『ヘンリエッタ』で、第43回文藝賞を受賞した中山咲さんの、短編小説です。
『ヘンリエッタ』が、ややメルヘンチックで独特な空気感だったので、そのイメージで本作を読み始めてみると、意外なほど普通な感じに驚きました。
「普通な感じ」などというと、少し語弊があるかもしれません。
”ある種の幼い憧れを抱きながら田舎から上京してきた、今時の若い女性像”を、一人称できちんと捉えていて、『ヘンリエッタ』の世界観を引きずっていない。そのことに、驚いたのです。
このことは、色んな意味で、中山咲という作家の可能性を予感させてくれて、私は面白く本作品を読んだのでした。
かつて、少女だった主人公が、ショーケースに収まった色とりどりのケーキを宝石のように眺めていた記憶があり、それがやがて、「ショーケースに納められた商品としての自分」の姿に繋がっていきます。
本作には、「個」のもがきがあると思いました。
人間の価値基準は知らぬ間に勝手に査定され、商品化されて陳列されてしまっているような不条理な社会と、その中に生きる「個」が主体になっています。
この作品に描かれているような女性像や、社会と『個』の関係性には、もちろん既視感もあり、また同じような雰囲気の小説も、多く世に既にある気もするのですが、これを書いたのが、『ヘンリエッタ』の作者だ、というところに意味があると思います。
独特な世界観を封印して、余分をそぎ落として書かれた本作は、どこかにまだ書くことを模索しているような、危なげな作者の手つきや息遣いが感じられて、そこが新鮮でした。
死にかけた「ゆきぶち」を抱えて走り出すラストに、『ヘンリエッタ』で乗り越えられなかった「壁」に再び辿り着いていて、まだまだ乗り越える方法を模索中な気配は、作家自身の葛藤でもあるのではないでしょうか。
【中山咲の他作品】
『ヘンリエッタ』(河出書房新社)
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