綿矢りさ著(文藝春秋)
百貨店の洋服売り場で現場のチーフとして働く主人公の「私」は、しっかり者で周りから頼られる存在であるが、窮地に陥ったならば男に頼りたいと密かに思ってはいる、ごく普通の女である。が、それを中々、表には出せない。そんな「私」に、何かあったらこの世で一番頼りたいと思っている恋人の隆大から、元カノが経済的に困っているので、しばらく自分の部屋に住まわせるつもりだと告白される。もしも反対するなら、もう自分たちは別れるしかないのだと言われる。隆大を失くしたくないという思いから、「私」はこの申し出を受け入れてしまう。そこから「私」の苦悶に満ちた日々が始まる……。 |
別れているとはいえ、男と女が一つ屋根の下に暮らす。それも、以前は当然肉体関係のあった男女である。現彼女である「私」は、独り暮らしの部屋で、自分の彼氏が元カノと暮らすのを、ただただ見守るしかない。元カノには何の恋愛感情もないし、好きなのはお前の方だよ、俺が見捨てたら元カノは路頭に迷うんだよ、と言われ続ける。
今時の働く若い女性の恋愛を描いた「勝手にふるえてろ」より後に書かれたであろうこの作品は、実によく出来た恋愛ドロ沼劇であります。が、前作よりも深みも面白みも増していて、単なる恋愛ものに留まらない、人間の深層にあるエゴを上手にくり抜いて突きつけてくる、優れた文学作品でもあります。
不幸な人間がさらに不幸になっていくのを、人としてどう受け止めるのか。不幸な人間に冷たくするのは罪悪であり、そもそも不幸な人間のことを「かわいそう」と言ったり、思ったりすることすら、「驕りではないのか?」と常々考えていた「私」であるのに、 では、そういう人が自分の人生に立ち現れて、しかも自分が何がしかの「我慢」(ここでは恋人を独り占めしたい。普通に幸せになりたい、という欲望)を耐えなければ救ってあげることができない。そんな状況に落ちてみて、はじめて「かわいそう」ということの本質について考え始める。
「かわいそう」って、実際なんなのか?
読んでいるうちに他人事ながら胸が苦しくなってしまったのですが、最後のカタルシスは爽快です。(これ以上ネタバレは書きたくないので、この辺はもう読んでもらうしか……面白さは最後の最後に大爆発します)
恋愛に悩む女子にはもちろんですが、たぶん男子が読んでもきっと楽しくてぞっとする小説だと思いますよ。
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