サラバ! 上サラバ! 下

 

 

 

 

「サラバ!」上・下 (小学館)

/西加奈子著

この作品は第152回直木三十五賞を受賞しました(2015年度の本屋大賞では2位でした)。

主人公の「僕」こと「あくつあゆむ」は、父親の赴任先であるイランの病院で、「左足から登場」する形で、誕生しました。

猟奇的な性格へとやがて成長していくことになる自己中心的な姉と、裕福な両親と暮らすイランでの穏やかな日々。イラン革命で日本に帰国することになり大阪に住み、「僕」は地元の幼稚園、「姉」は小学校に通う。常に周囲の空気を読んで行動している「僕」に比べて、自己主張の強すぎる「姉」は学校では問題児となり、やがて苛めの対象にされて「ご神木」というあだ名まで付けられてしまう。そんな姉と同じ小学校に通うことになる「僕」だったが、ある時突然、今度はエジプトに行くことになる。

このエジプトでの親友ヤコブとの出会いや、日本人学校の友人たちとの交流が生き生きと描かれています。日本ではマイノリティ(社会的少数派)だった姉も、なぜかこの地では受け入れられてそれなりに幸せそうな日々が続く。けれど、再び日本への帰国が決まったとき、「僕」にはヤコブとの別れが待っていて、家族もまた、大きな決別の状況にあるのでした。帰国する飛行機に父親は同乗しません。両親の不和。そこから大阪での父親抜きの生活がはじまるのです。日本に戻ったとたん、マイノリティに舞い戻った「姉」は、次第に狂気じみた性格へと変わっていき、そんな姉を理解できない「僕」は、ひたすら彼女を嫌悪していく……。



非常に長い小説ですが、「イラン」→「日本」→「エジプト」→「日本」という移動に伴い転換点が現れ、様々な状況が変化していきます。海外にいるときには「世界の中の日本人」を意識出来るのに、日本にいると小さな社会の中での閉塞的な人間関係というものに捕らわれて来てしまう辺り、実はこの辺がリアルに描かれていて、素晴らしいと思いました。描写が冗長すぎるという意見もあるようですが、ここのリアル感をきちんと描ききるには、これだけの冗長さが必要だったということなのかもしれません。

また、登場人物の「矢田のおばちゃん」(なぜか弁天様の刺青を入れている)や、強力過ぎる個性の持ち主「姉」が面白かった。周りの空気ばかり読んでいる「僕」が、日本にいる間は一貫してつまらない人間なのに、海外、特にエジプトでヤコブと遊んでいるときには不思議と輝いていて、このギャップもいい。何より、そこそこに容姿も良くて女子にモテ、仕事も順調にいっていた「僕」が、突然禿げだしたことから人生の歯車が狂いだすあたりがシュールだと思いました。後半のこの部分だけでもかなり面白い読み物になるくらい、一気に物語が躍動してきて、ここからのラストは良かったです。

「サラバ!」は、再会を込めた別れの言葉であるばかりでなく、様々な感情を込められる友情の言葉であるようです。ラストの抽象性が賛否を分かつかもしれませんが、「世界の中の自分」というものを主人公「僕」と共に意識として体感させられていく、そういう物語ではあると思います。

自身もイラン・テヘランで生まれ、エジプト・カイロでも暮らし、大阪で育ったという経歴を持つ西加奈子さんの、(主人公とは性別こそ違いますが)半自伝的小説ともいってよい作品ではないでしょうか。生きた西加奈子を感じられる一作です。