群像 2018年 10 月号 [雑誌]

『春、死なん』

紗倉まな(著)

(『群像』2018年10月号)

 

 

 

私は著者を存じ上げなかったのですが、AV女優にして小説家、という肩書きを持つ方のようです。

本作は、妻に先立たれて息子夫婦と分離型の二世帯住宅で暮らす富雄という70代の男の話です。

著者の年代からはだいぶ離れた人物像ですが、この年代の「性」や死生観、家族との関係などが描かれています。

作品の中心である富雄が、定型で描かれる老人ではない肉付きをした、生々しくて活き活きとした人物として描かれているところには、好感を持ちました。

若干、書き手の若さが、筆を滑らせている気もしました。富雄という年代の男性像を描く上で濾されるべきフィルターを素通りして、直接的に投影されているのではないか、という違和感に近いものを感じた箇所があり、気になったのです(ただし、この年代をリアル等身大で書ける成熟した作家はたくさんいるので、そうしたものと比べてみることになんの価値もないだろうと思い直し、何かしら新しいものの気配だけに期待してみました)。

一方で、彼と人生で二度目の性交をすることになる文江(富雄の大学時代の後輩)が、鉄棒をするシーンでパンツが覗くという絵面はなんとも印象深く、心に残るものがありました。

ラストにでてくる無数の貝のくだりでは、不気味で気持ちの悪い象徴的なものを、どこかでユーモラスだったり違った後味のものへと、転換して昇華させていくような魅力があったように思います。