第25回野間文芸新人賞受賞作品
『ファンタジスタ』
星野智幸(著)
(集英社)
首相公選制の下にある、近未来の日本。
明日、国民投票で、この国の首相が選ばれる。 選挙前から、一人のカリスマに、国中が湧きかえっていた。 ウラワ・レッヅの会長も務める、元サッカー選手の長田。 国全体を覆うフットボール熱に支えられた革新的な政治家は、いったいどこに向かおうとしているのか……? |
主人公の「わたし」は、長田のカリスマの奥に見え隠れする危険を感じ取りながらも、国中を覆う圧倒的な「長田支持」の流れに逆らうことができません。
そもそも、純粋な精神性を持つスポーツと政治が絡みついている時点で、なにか良からぬ気配が漂いますが、熱狂の中にいる人々は、そのことにも、そこにある矛盾や偽善的な側面にも、気が付いていません。
それどころか、これから長田が政治家として、いかなる政策を行おうとしているか、という根本的なことにすら、思い至らないのです。
あるのは、熱狂だけ。
真の目的が明確でない指導者であっても、そのカリスマ性が絶大な力を発揮するとき、国中が呑み込まれていってしまうというリアルな恐怖が、伝わってきました。
冒頭から作品を貫いている虹のイメージは、なんでしょうか?
長田のカリスマ性を信じられない「わたし」が信用しているのは、ユニフォーム(唯一の形式)の真逆である、虹です。
「わたし」と、恋人のリョウジを繋いでいたのも、虹だったような気がします。
”ファンタジスタ”というのは、絶対的な勝者となりつつあるカリスマ長田にではなく、むしろ虹のように消えてしまった、恋人への賛辞だったのかな、と思います。
内容が内容なだけに、本来なら、政治臭の強い印象になりそうですが、メタファーの力で創造性の高い世界を広げていて、リアルでありながら、どこか寓話的な味わいのある作品でした。