群像 2017年 09 月号 [雑誌]

『瀞』

佐藤洋二郎(著)

(『群像』2017年9月号掲載)

 

 

 

5年前に妻を亡くした杉尾に、40年以上も会っていなかった幼なじみの祐子から連絡があり、突然会いたいと言われる。日時を決め、一ヶ月後、東京駅の近くで待ち合わせて再会する。

祐子と話すうち、子供時代の思い出が蘇ってきて……。

最後に会ったのが成人式の日で、それから40年以上経つのですから、お互いに還暦は超えた同志の、男女の物語です。

男(杉尾)の方は、もう仕事を辞めていて、妻もいない独り暮らしの身には、どこか侘しさが漂い、女(祐子)は、女医だということですが、ずっと独り身であったようです。

人生の盛りを越えて、そろそろ自らの終末を見据えながら生きる年代にさしかかった男女の心の機微が、驚くほど瑞々しく描かれていて、好感が持てました。

この年代にならなければ、決して知ることのできなかった感情や現実があり、そのただ中にあって、それぞれの「老い」を等身大に受け入れている感じが、柔らかく響いてくるようでした。

ちなみに、題名にある「瀞」ですが、川の流れが緩やかで、静かな(波のたたない)ところをいう言葉だそうです。

これは、40年以上も会わなかったのに、密かに杉尾を想い続けていた、祐子の心の状態でもあるのかもしれません。