『ぬいぐるみとしゃべるひとはやさしい』 大前粟生(著) (『文藝』2019年冬号に掲載)
優しすぎて日常生活の些細な出来事の中で傷ついてしまう、大学生の七森と麦戸ちゃんの物語。
七森と麦戸ちゃんは、性別は違えどよく似ていて、彼らは友人知人や通りすがりの人たちの、ちょっとした何気ない言動の中に他者を傷つける『暴力』を感じて傷ついてしまいます。
その傷つく感覚は、暴力的な言動を発する他者ではなく、その暴力をどうにもできずにあやふやなまま受け入れてしまっている自らに向けられていて、内面の弱さを否定も肯定も出来ない自己への嫌悪感へと繋がっています。
また、七森も麦戸ちゃんもジェンダーレスな内面を持っていて、二人とも強く惹かれ合ってはいますが、性的な欲望の対象者としてではなく、それでも深く想い合っています。男でも女でもない、人として好き、という「性」を超えた(というより、「性」から解き放たれた)一つの恋愛の形なんだと思いました。
文体がなんとも言えなく優しくて可愛らしく、つい引き込まれて読んでいるうちに、思いがけずとってもピュアな気持ちになれました。
心がどうしようもなく落ち込んでいたり、淀んでしまった時に読まれることをお勧めします。