『アフロディーテの足』 太田靖久(著)  (『群像』2019年10月号に掲載)

2010年に『ののの』で新潮新人賞を受賞しデビューした太田靖久さんの中篇小説。

どうやら風采の上がらないらしい、自称アーティストの中年男(馬場)が主人公の物語。

馬場が住んでいる公団住宅に、「地方の老朽化した公営団地の現状について」というテーマで取材に来た大学の准教授らしき男と、彼の率いる学生たちとのやり取りからいきなり始まる冒頭は、なかなかシュールで良かった。

説明ではなく、会話と状況と語り手の心情があるだけなので、読み手は当初面食らうと思うのですが、不思議と引き込まれてしまう感覚がありました。

理想の芸術家にはなりきれないまま、けれど夢をまだどこかで捨てきれていないような、それでいて自分の人生がもうそんなに華々しい展開にはならない事を客観的に把握していて、自身の醜悪さをも俯瞰的に見ている語り手の主人公(馬場)がいます。

馬場は、取材に訪れていた一行の一人だった女子大生(舞)に恋をしますが、彼は初恋の女性に彼女を重ねていて、しかも彼女のコンプレックスである「足」に、特に強く惹かれていきます。この強烈なフェチズムが、ギリシャ神話の世界と現代文化や現代人の心象風景とを繋いでいるようで、ここに本作の面白さや魅力が詰まっていると感じました。

フェチズム、アイドル、レトロ回帰、高齢化、貧困、恋愛、様々なワードはどれも現代的でありながら古典的でもあり、神話的でもあるのだと気付かされると同時に、それらの混在化した世界に浸れる(しかも楽しく)小説だったように思います。

中年男馬場の神様(キューピット⁉︎)ぶりが、なんとも不気味に可愛らしかったなとも。