『語り手たち』 間宮緑(著) 『群像』2019年9月号に掲載)
物語を語る「語り手」が主人公という、ちょっと変わった作品です。
語り手は主人公でありながら名前もなく、出生も分からず、現実に存在しているのかすら不明。
語り手であるからには、物語を語る訳ですが、しかも肝心な「語るべき物語」自体は失くしてしまっていて、何故語り手が当該の物語を失くしたのかという経緯が、のらりくらりと辿られていく……。結局、読み手は何一つ確固たるものを掴めないまま、引き摺られていくわけですが、その過程で、物語が誕生した古来から存在し続けている、語り手という奇妙なものと巡り合う、という仕掛け。
ここで扱われる物語が、文字に起こされ書籍化されたものではなく、有限の命を滅びる個々の人間の記憶の中に止まり、育まれるものであるというところが、何より面白いなと思えるところでしょうか。
物語は語り手という一個の人間の中に生まれ、あるいは他の語り手から引き継がれ、しかしながら生身の人間なのですから、記憶は曖昧になり、どこかで現実と結びつき、まるで生き物みたいに全容を変えてゆく……まったくもって取り留めがない。
本来そうしたものである物語や語り手のリアルな感じが、不気味なくらい伝わってくる、そういう小説だったかな、と。