『鳥公爵と梔子の午後』 須賀ケイ(著) (『すばる』2019年5月号に掲載)
大学で言語学を教えている河合という准教授の視点から描かれています。
河合には光助という息子がいますが、妻との離婚後、事情があって育てることになった姉の子供です。
物語の主要人物は、河合と光助、それにこの親子とバードウォッチングを通じて知り合うことになるかなたさんという女性です。
かなたさんは喉の手術をしていて一時的に声を発することが出来なくなっている女性で、彼女と過ごす時間というのは、言葉の無い時間、つまり無言の静けさに包まれている時間であり、声を使った会話ではない会話で関係が成り立っていく時間です。
言語の明確性が築いてきた文明や人間社会の交流から、少しだけ離れた世界がそこには出現していて、言葉が伝えない感情の触れ合いがあり、それはどうにももどかしくて、「恋」に似ていると作中でも河合が気づくように、やはり一つの恋の物語だったのだと思います。
男と女、一対一ではなく、そこに光助という実に魅力的な造形を持つ少年や、彼が愛でる小鳥たち、自然、そんなものも含めたような「恋」です。
すばる文学賞を受賞後第一作である作品ですが、読み応えのある文章力に何より魅力を感じました。